良い習慣を仕込む|朝が苦手な私の、地味だけど効くルーティン
私は朝が本当に苦手です。
母や妹は私以上に夜行性なので、たぶんDNAで決まっているのではないかと思っています(調べたことはないですが)。
体質として苦手なだけでなく、苦手意識を持ってしまった部分もあるのかもしれません。
それでも、物心ついた頃からバタバタする朝を半世紀近く過ごしてきて、2026年夏にようやく本格的な「朝活」を始められました。
長かった……!
朝イチにヨガや瞑想をする重要さや心地よさはすでに知っていたので、なるべく早い時間に取り組むよう心がけてはいました。
ただ、ほかの用事や都合、周りとの折り合いをつけることや、「家族と過ごすときに自分が機嫌よく1日を終えられるか」の優先順位を高めにしていました。
そのため、これまでは「朝の方がいいけれど、他の大事な用事が入ったらそちらを優先するし、時間にこだわらず1日の中のどこかにヨガや瞑想をする」を自分との約束にしてきました。
それが今年になってようやく、能動的に良い習慣で朝をスタートしようと思えるようになりました。
ヨガと呼吸法、瞑想を朝に行うことも大切ですが、それ以上に私が最も気に入っているのは「朝のお祈り」です。
祈りと言っても、マントラを唱えたり、長い儀式のような難しいことをするわけではありません。
ただ起床後すぐに、他界した夫の父と私の父の写真の前にお茶を供えて、手を合わせるだけの時間です。
これって日本でも割と違和感なく、自然としていますよね。きっと毎日している人もいると思います。
私の祈りとは「今日もよろしくお願いしますっ!!みんなが幸せでありますように♡」というような内容です。
……祈りというか、ただの朝礼か?
だけど、この5分間の朝礼が、なかなか侮れないんです。
ヨガ講師としてなら「もう少しちゃんと祈ったらどうなんだろう」と思われちゃうかもしれないけれど、朝が苦手な私のような人に、「これならできそう」「そんな感じからでいいの?」と思ってもらえるサイズ感としては、すごく良い習慣なんじゃないかなと思います。祈りに限らず、自分が心地よく感じることなら何でも。
楽しく行っているので、地味にじわじわと心に効いてきます。
朝のうちに自分以外にも意識を向けて、毎日手を合わせる人生を送るなんて、全く想像していませんでした。
お願いごとやしきたりとして手を合わせるのとは違い、短くても毎日心を込めて形にすることそのものに意味があるのではないかと思います。誰かに決められたノルマや義務感が源泉だと、せっかくの行動があまり有意義に感じられないですよね。
私はもう人生の折り返しを過ぎているので、心がほっこりできて「これならできるし、やりたい!」と思えるものを無理なく続けていけることから始めるようにしています。
まずは形にこだわるより、楽しめるようにリサイズしてやってみる。
この考え方が日常になったのは、アーユルヴェーダのおかげです。
私が学んでいるアーユルヴェーダでは、どんなに古典で良いと示されているものでも、自分が苦手意識を持っていたり、「ちょっと合わないな」と感じている段階では、無理にやらなくていいという解釈を許してくれます。とても懐の深い学問です。
そして、この夏にアーユルヴェーダで学んだ祈りの習慣(変形バージョン)とヨガがモーニングルーティンになれたのは、更科有哉先生の「習慣*太陽礼拝(4回講座)」のおかげでもあります。
太陽礼拝の動きを軸に、日々の習慣づくりそのものを4回にわたって学んでいく講座で、私にとって今回のモーニングルーティンづくりの大きなきっかけになりました。
(これはまた近日中にブログにします)
アシュタンガヨガは決まり事が多くて、途中で挫折するという話もよく聞きます。
もちろん、決まり事の1つ1つに意味があって重要ではあるけれど、全部いっぺんにやろうとすると挫折すると思うんです。私も一時はそうなりかけました。
ご自身の生活スタイルに合わせて歩みを進めながら、1つずつ受け取っていくスタンスで、たとえ時間がかかっても心から実感していくのはとても良いことだと思います。
お仕事や用事や子育てなどで、朝に時間が用意できない人は、夜でも、日中のひとときでもOKだと私は思います。
生徒さんの話を聞いても、ヨガに限らず様々な「自分にとって心地よい良い習慣」をそれぞれのペースで継続しています。そして、みなさん揃って口にするのは、「そんなに大したことはしていない」です。
自分が心地よく続けている習慣があったら、ぜひお聞かせください。
そして、私は北見の厳しい冬でも朝活が続いているか……。ちょっと自信はないですが、楽しく継続していきます。