ヨガ哲学を学ぶ

ヨガ

先週から週1で、アムリタトシ先生の「オンラインヨガ哲学講座」を受けている。全4回講座のうち、2回が終了した。週毎に行われる講座だと、北海道からでは交通費や宿泊費がかかり過ぎてしまうので、自宅にいながら受講できるのはとてもありがたい。

講師のアムリタトシ先生には、6月末に旭川で開催された先生の講座に参加した際、初めてお目にかかった。アーサナ(ポーズ)だけでなくヨガ哲学の話も心に響いたので、深く学びたくなった。ヨガを続けていくならば、今、絶対受けておきたいと思った。

毎年、インドでの修行を重ねているトシ先生。私が8年前に行ったインド・ゴアのロルフ先生とマーシー先生のシャラ(スタジオ)でも、毎年継続して練習を重ね、現在はアシスタントもされている。

実は、9年くらい前から、いつかお会いしてみたいと思っていた。ひそかに、トシ先生のブログの読者で、人生で初めてコメント欄にメッセージを書いた。その時のテーマは「手放す」ことについて。わたしはコメント欄に「思い切って手放してみたいものがありますが、後のことを考えると到底できる気がしません。」と書いた。すると、後日、トシ先生から「まずは、あるがまま。そうしたら、その時はきっと来ます。」との返信があった。

ヨガの教えを忠実に実践されている先生の言葉で、いつも心が浄化されるような気持ちなった。ヨガ哲学の話は、今まで出会った先生方のクラスで度々聞いていたから頭にはあったが、今回のように「ヨガ哲学」に特化した講座を受けるのは初めて。少しはわかっているつもりだったけれど、アーサナと同様に、学んで、自分の生活で実践して、継続していかなければ、本当の意味で理解したことにはならないのだとわかった。

トシ先生は、古くから伝わるヨガの教えを、初めて受ける人にもわかるように、易しく解説してくださる。ポーズを行うことでも恩恵はあるが、ヨガはそれだけには留まらず、「人としてどう生きるかの追求」であり「自分を客観的に見つめ、自分を知るための手段」「決して独りよがりにはならず、周りと調和しながら生きていく練習」とおっしゃっていた。

もっとも興味深かったのは、「調和」という言葉。結果や成果を求められる環境に身を置いていると、達成させるため、自分を守るために、相手を不必要に傷つけたり、戦ったりすることがある。「自分を貫こう」とするあまり、「周りと調和しよう」というを気持ちを失いがちだ。どうしても「人間なんだから」「私は私」と逃げてしまいたくなる。

本に、『調和』を目指そう、と書いてあっても、「とても自分にはできない」とシャッターを下ろしてしまいたくなる。けれど、不思議とトシ先生の話を聞いていると「はじめはできなくても、心がけて、身近なことからやってみよう」と思えてくる。きっと、ご自身の実践から話を進めてくださるので、遠い世界の話ではない気がしたり、自分の生活に落とし込めるような感じがするからだと思う。

周りと戦闘体制になるのではなく「調和」に向かおうという心持ちでいるだけで、なんだか気持ちが軽くなるような気がしてくる。

トシ先生は、周りとの調和だけでなく、自分との調和も大切だと話していた。そんな素敵なバランス感覚を持った人になれたらいいなあ。

アーサナの実践だけでなく、ヨガ哲学も学び続け、進んだり戻ったりしながら、1ミリずつ前へ歩んでいこうと思う。